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京都・大阪旅行

記憶力が危ないので、覚えてる内に対談の方をと思いまとめました。
いや~ちば先生、いい人だーーというのが一緒に行った4人での感想で。
まあ、大半は竹宮さんが話していたんですが。竹宮さんはさすがに頭が良く、とてもお綺麗にされていました。

ええと、旅行の順繰りに書きます。
17日土曜日に友人のRさん、Sさんと京都・大阪に向かいました。いちばんの目的はKさん主宰の「図書の家」資料室*大阪*に行くこと!
そうしたらちょうど17日には京都で対談もあるよ、ということだったので、一度精華大というところも行ってみたかったし、ビッグネーム二人の対談なので旅程に入れたわけです。
まずは朝9時に二人と東京駅・銀の鈴で待ち合わせ。
二人は先に落ち合って関西在住の面々へのお土産を選んでくれていました。
私は群馬からでしたが9時15分前には着いたので合流できないかなーと思いましたが、動かない方が無難ということでじっと待ちました。
無事に二人と会って、新幹線へ。3人で喋ってるとあっとゆー間に名古屋だったのには驚きました;テポドンは発射されるのか、北朝鮮は何考えておるんだ、最近日本も右傾化しつつある、教育の現場、などマンガ話の合間に硬い話も入るので、近くの席で聞いていたおじさんは何を感じていたことやら;

無事に京都に着き、まずはお昼。
これも駅ビルの検索で二人がめぼしをつけておられたお店があったので、そちらに向かいました。
ここが行列があったのに回転が早く、ちょっと待ったらすんなり入れました。段取りがいいです、さすが。そして期待よりもずっと美味しかったので大満足。
せっかくだから外に出て京都駅も見ておきましょうとしばらく京都駅撮影。手塚治虫ワールドの案内などの前で写真撮影。

せっかく来たのだから、と精華大の近くの実相院というのだけでも観光しましょうということで、地下鉄烏丸線で国際会館まで行き、そこからタクシーで。ここがまた思ったよりずっと京都を感じさせるいいとこで、石庭を見たり「床みどり」を見たりしたらなんだかとっても満喫できました。ただここでお天気が崩れてきたのに3人が3人ともロッカーに傘を入れてきたことに愕然。せっかく用意してきたのにぃ。着いた時は降っていなかったのがガンでした。

そこから再度タクシーで今度は精華大に。気の良いおっちゃんでした。着いた時は既に降り出していましたが、黎明館の横につけてもらったのでさほど濡れず。着いた時はまだ人は少なかったのですが、徐々に満席に。
ちばさんは前に横浜のイベントで生を見たことがありますが、竹宮さんは初めてでした。
(対談の話は別日記を参照ください。)
終わった後、会場で強固な竹宮ファンのMさんと会えましたが、そこから再度原画展に向かうというMさんに対して、既に心は宴会モードだった私達は(というか、待ち合わせに遅れそうでしたもので;)申し訳ないーーと言いつつ。 若干顰蹙気味でしたね;原画展を見ないなんて、、と;すみません。。。。

待ち合わせはKMさん(私は初対面)と大阪千成ひょうたんの前でしたが、ホントはホテルにチェックインしてから会う筈がすっかり予定に遅れ、チェックインに付き合ってもらうことに。その為30分ほど宴会に着くのが遅れました。
それにしても大阪の地下街は分かりにくい。。。私は一人では絶対に歩けません;途方に暮れますね;

宴会は「男はつらい」という居酒屋さん。大阪ならではのメニューもざくざく。
するめのてんぷら、これは以外にイケましたね。
10年ぶりに会うKTさんや、これまた数年ぶりのHさん、MHさん、初対面のMKさん、KMさん、といった関西組の面々と、我々関東組3人と総勢8人の宴会でしたが、こちらが遅れた以外は順調で、盛り上がりました。美味しかったし、安上がりでしたw
二次会で「天狗」に行きましたが、そっちはだいぶ空いていてさらに色々話せました。

ホテルは3人部屋。エクストラベッドといっても全然普通で朝食付き、千円の地下鉄カードを貰って一人当たり5500円とは格安です。カードも使い切ったし、なんて順調なんでしょうw1時に就寝して6時に起きましたが、けっこう熟睡できて目覚めは快適でした。

翌18日はゆっくり支度して、10時にMHさんと梅田駅で待ち合わせ、デパ地下でお昼を買出ししたのがあれやこれやで楽しかったです。たこやきもちょぼ焼きもイカ焼きも食べたし、ミックスジュースも一口頂きました^^大阪~~。

念願の資料室にも予定通り到着。資料室主宰のKさんとは今年随分回数会ってるなー。
でも、資料室はキレイで整理もだいぶ進んでいつまでもいつまでもいたい場所でした。
そこでしばらく本棚を堪能してから5人で「アド街ック天国」の萩尾さんを鑑賞しながらお昼。
その後作業を手伝わせてもらったりしてる内に、ゆうべの関西組3方が見えたので、一緒にお茶しながら「11人いる!」のDVDを鑑賞。これは大人数で見たらけっこう楽しいです。
そうこうする間にあっという間に3時になってしまったので、全員記念撮影などして、お別れ。
新大阪でお土産を買ってコインロッカーの荷物を出しながら、なんて早い二日間だったんでしょう!!と3人で。。

本当にあっという間の二日間でした。
楽しかったし、いつまでもいたかったw
今回の旅行は同行のRさん、Sさんには、行く前からほとんど段取り仕切り任せっぱなしで、なんだかこんなに楽していいのかという気楽な旅でした。
こういう時自分は末子キャラだなーと思うのでしたw
旅が滞りなくいったのは2人と関西組のお陰~~、感謝です!!

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ちばてつや×竹宮惠子対談3

終盤、質問のコーナーでした。
最初は韓国から来たという男性。ちばさんの熱心な読者のようで非常に感激されていました。
質問:明日のジョーの髪型はどこでどのようにして生まれたのか?(韓国では「ハリケーンジョー」というタイトルらしいです。)
ちば:どうしてでしたかねえ。(髪型についての明確な答えはなし)
「あしたのジョー」の話をしばらくされました。
力石が非常に人気が出て、寺山修司さん達がお葬式をやってくれた、といった話など。

熱心な女性のちばファン
質問:「のたり松太郎」は最初からあのキャラだったか?
ちば:鋭いですねー。
しばらく「のたり松太郎」の話。

質問:「紫電改のタカ」はどうして「紫電改」だったのか?
ちば:当時戦機モノは非常に人気があった。でも自分は戦場に赴くパイロットがいかに悲惨かというのを描きたかった。零戦だとまだ日本が勝ってる時なので、もっと終戦近い悲惨な時期のパイロットを描きたくて紫電改にした。
重いテーマでアンケートももう一つだったし、編集にもなんとかしろと言われたりしたが、今こうして良い作品と言われると描いた甲斐があったと思う。

あともう一つ二つ質問があったと思いますが、大体こんな感じで。全体にちばさんのコアなファンの方が多く質問しておられ、質問もちば作品を熟知した上で突っ込んで聞かれる内容が多かったです。
それに対してのちばさんの応対がおおらかで非常に人柄の良さを感じさせるもので、作品をたくさん読んでいない私は返って、これはあれもこれも読まねば、と思った次第。
竹宮さんの進行は、非常にてきぱきと資料の出し方も手馴れたもので、分析をまとめるやり方もさすがでした。
デビュー前から恐らくは非常に意識的な作家さんだったのだな、ということがよく分かる今回の進行でした。

会場は満杯で立ち見も出ていましたし、非常にいい対談だったのではないでしょうか。
内容的には既に少女マンガ史を研究されてる方にはよくご存知の事ばかりという感じはありましたが、2時間という中でちば作品にスポットして切りこんでいかれたものでした。
「マンガ界明日はどっちだ!?」という意味では現在と今後の展望というのはなかなか続かない話題ではありましたが。

終了後ちばさんは快くサインに応じておられたので長蛇が出来ていました。
私達は既に予定が押していたので、諦めて移動。
残念。。

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ちばてつや×竹宮惠子対談2

中盤のまとめ
竹宮:当時の少女マンガの作品は主人公がスタイル画風にポーズを決めているような現実感に乏しい絵が多かったが、ちば先生の作品は地に足の着いた絵、体重を感じる絵だった。
人の表情を細かく分割して映画のように表現したり(これも「リアル」の一つの手法)背景を細かく描きこんであったり。
自分はちばさんの作品からそうした「リアル」を学んだように思う。
子供が「あーいあーい」と泣いている、その表現はマンガっぽいけど嘘っぽくはない。

中盤から今度はちばさんの少女マンガ作品というところから離れて作品全般に触れられていきました。

竹宮:「あしたのジョー」が一試合で何週も続くというマンガの最初の作品だったと思う。
ちば:一ラウンドの何秒間くらいで一週分になってしまう内容の濃さがあった。
(ここからしばらく原作者・梶原一騎さんとの兼ね合いの話。)
ちば:1回分の原作を3回分くらいに分けて描いたり、原作の後半を使わなかったりして原作者が怒って、その内自宅まで来るという話などあったが、途中から徐々に自分が原作を大事にしているということが伝わって怒らなくなった。編集は間に立って苦労したと思う。

ちば:生活全般の中でマンガのことばかり考えていた。舗道で歩いているとコマ割を考えていたり、映画を見ると良いセリフをメモしたりなど。

竹宮:最近のマンガはリアルな絵でリアルじゃないことを描いていく。細かく長くなっている。余裕がなくてツライ。
手塚マンガを始め昔のマンガにはシリアスな中に息抜きのようなシーンがあった。先生もしんどい場面が続くとつい描いてしまうというようなことをおっしゃっていた。最近のマンガは昔あったそうしたのんびりしたところがない。死人がいっぱい出て、重い場面でもほっとさせる場面がうまく入るということがない。

リアルをマンガに持ち込んで得たものと失ったものは何か。
「リアル」から「超リアル」へ。
これからのマンガに欲しいものは何か?
「ジョー」は何を変えたか?

竹宮さんがテーマに沿ってこうしたことをちばさんに振りましたが、このあたりの話はちばさんが自分には分からない、今受けるものが分かれば苦労はしない、、みたいな話で続きませんでした。

終盤に入って。
ちばさんの作品からの話で満州引き上げの話。
ちばさんのご家族は満州に取り残されるような形だったので引き上げに非常に苦労したといった話。
対して竹宮さんのご家族は同じ満州引き上げでもまだ恵まれていたほうだったそうで、けっこう家族から話が聞けて、それを作品にまとめているといったお話が出ました。

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ちばてつや×竹宮惠子対談1

先日、京都まで行って来ました。
多分他でも対談の内容は挙がると思うのですが、一応自分なりにまとめてみます。

【開催日時】2006年6月17日土曜日午後2時40分~4時40分
【開催場所】精華大学黎明館
【テーマ】マンガ界の明日はどっちだ!?
【内容】
精華大学・マンガ学科で助教授として教えておられる竹宮さんの受け持ち学生さんにとっては振替の講義にもなっていたらしく、対談といっても基本的には竹宮さんの主導で行われました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<前振り>ちば:宇都宮で最近になって初めてマンガを教えるということを始めた。その際竹宮さんが書かれたマンガ教室といった本が数冊あるがそれが非常に役に立った。
竹宮:私達が描いていた頃というのがマンガは一番複雑だったと思う。そこで積み上げてきたものを教えられないかと思い本にした。私達はマンガの教科書とかない中でやってきたが、今では大学でマンガを教える時代になった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<本題>竹宮さんが用意した資料をスライドで見せながら。
ちばさんの絵が創生期の少女漫画の中でどのような存在であったか、他の少女漫画家とどのように違いどのような影響を与えたか等の解説を竹宮さんがされて、それに対して時々ちばさんが当時の状況を話される形でした。

構図:★俯瞰図としての家の中、玄関には家族の靴が家族の人数分並んでいる。家の間取り、関係性、生活感が一気に分かる絵。
当時の他の少女漫画はリアリティがあまりなかった。主人公は貧乏という設定なのに、綺麗な洋服を着て、とってつけたようにツギがあたってるような絵だった、それに対してちばさんの絵は非常に状況や設定が絵からよく分かるようになっていた。
★主人公にスポットしない。(葬儀の場面、全体が描かれ主人公だけがアップになったりしていない。リアリティ)
★群衆シーンのリアリティ(背景も細かく、床の間には碁盤が立てかけて置いてあり、料理まで細かい)
→ちば:当時の自分の経験からの絵。意識して描いた訳ではないが、つい細かく描き込んでしまっていた。
★足のバランス:当時の少女漫画はスタイルブックのように爪先立ちの少女がポーズを取るような絵が多かったが、ちばさんのは現実的で地に足が着いてる感じがした。
★決して翔ばない等身大のヒロイン
女優を目指す、スターを目指すという物語でも成功までの過程を描かれてもいきなりビッグになったりしない。
→ちば:一生懸命努力する姿に興味がありそこが描きたい。スターになった、ビッグになった後というのは興味がなく描けなかった。
★大人と子供の世界を分けた
大人世界の事情と子供の理解を分けた
お風呂に入りながら大人の男性が泣くシーンが印象に残っている。
★大きな目、かわいい女の子、艶髪
→ちば:自分としてはいっぱいいっぱいで描いた可愛い絵。他の少女漫画家の手法を参考にしたりもした。

ちばさんの作品から生活の場から分かることを惜しみなく描くこと(描く時間がかかっても語れるところは大きい)や、キャラクターの確立、初めての「リアル」を学んだように思う。
「シリアス」とは何かを教えてくれた。
ドラマは派手な動きの中にあるのではない。
などなど、竹宮さんがどのようにちばさんのマンガから影響を受けたか、かなりこまやかに分析されたものを資料とともに解説されました。
それに対してちばさんのコメントは、自分では意識してないけど、そうですかね、とおおらかな感じで会場で受けていました。

当時、少女漫画界にちばさんが入ったのは、まだ少女漫画家が少なく、それでいて徐々に少女漫画誌が増えていく時だったので、石ノ森さんや松本零士さんを始め男性作家や、自分のように若手が入っていく隙があったから、という説明でした。
自分は男兄弟の中で育ち、母親も男らしい性格だったので、女の子の気持ちが分からず苦労したし、「なかよし」とか買ってきて研究した、苦しかった、ということもおっしゃっていました。

長いので分けます。

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