藤本由香里『きわきわ』(亜紀書房)感想
藤本由香里さんの評論集『きわきわ』(亜紀書房)
きわきわ―― 「痛み」をめぐる物語
を読了したので拙いながらもまとめてみます。
まずアマゾンに挙がっていた本の内容紹介を引用します。
≫リストカットの痛みから辛うじて感じる自分の実在、同じように体をモディフィケーションさせることによって確かめる自我の境界、ヒーラーとしかいいようがないセックスワーカーの在り方。美容整形、障害者の性、ホームレスとひきこもり……社会の際や行為の極限から見えてくる、この社会のかたち。まんが、映画、小説、舞台などを題材にしながら、2000年代の日本を照射する。私たちは何を欲して、どこへ行こうとしているのか? 待望の長編評論ついに刊行!
≪
装丁は岡崎京子さん原作を映画化した「ヘルタースケーター」の監督、蜷川実花氏。
ピンクを基調にした女性的な甘さと痛々しさがタイトル通りきわどい感じでテーマにぴったりです。
論はまずこの「ヘルタースケーター」から始まります。圧倒的な美しさを誇る芸能人・りりこ(沢尻エリカ演ずる)、その美のほとんどは数々の整形を繰り返した人工的なもの。
違法な整形を繰り返し、顔や体が崩れそうになっては病院に頼るという壮絶な物語を皮切りに、自傷を繰り返す少女の物語「ライフ」(すえのぶけいこ著)を続けて取り上げ、表面、外見、体裁などにがんじがらめになりながら生きづらい世界でもがく少女達のぎりぎりの葛藤を語ります。
死にたいわけでもないのに自傷を繰り返しそれによっていじめが引き起こされ、さらに自傷を生む・・・。
ヒーラーの役目を担っているかのようなセックスワーカー、これまでは公にされることもなかった障害者の性、ひきこもりなど、社会の中でどれか一つ取り上げるだけでも様々な立場の人達からの偏見や差別や思い込み、そうした人の自己本位な正論の振りかざしなどで議論百出しそうなテーマばかりが並んでいきます。
それらに対して著者は、時に自分自身の経験も含めて衒いなく語り、クリアな論を展開する。そこが凄く気持ちよくてぐいぐい読み進んでいけるんですよね。とても重たいテーマを扱っているのに面白い。面白いと書くとちょっと不謹慎なのかもしれないと思ったりもするんだけど、面白い。
さらにはそこに引用された本やコミック、映画、舞台などの絶妙な紹介の役目も果たしており、ネタバレをうまく避けつつ必要な文脈だけが提示されるので、未読、未見のものは是非読んだり見たりしてみて自分も考えを深めたいと思わせる力が凄い。読了後私の中のメモでは課題図書などが山積みになっておりました。知っていた作品も再読したくなったり、大変ですw藤本氏は多忙な中どうやってこれらの知見をこなしておられるのだろう~、そもそも人としてのスペックが違うな!と実感はします。
最終の「一瞬だけの永遠」については私の知識や経験では難解でちゃんと理解できていないかもしれないのだけど、この現代社会の中で先鋭的な人たちが既に感じている限界、危うさ、そもそもこの痛みをめぐる物語を取り上げ論じられた著者の動機の説明のようでもありました。
中でもしかし、ギエムの舞踏の話が出てきた時、これは「昴」に出てきたシーンのようだなと思ったらすぐ次に著者ご自身が「昴」の話を紹介されていたので、バレエマンガ「昴」のよく書かれた解説のようにも読めたり。
表現や思索を極めた人が見ること感じることが出来る非常に静謐で深遠な世界を垣間見せてもらったようなそんな感じの章です。ひりひりするような鋭い感受性や深い知識をもった藤本氏は私にとっては氏自身が永遠の戦闘少女のように、いつでも凛として潔くかっこいい存在なのだけど、この長編評論の訴えてくるメッセージはまた一段と毅然として素晴らしかったです。
あとがきの後には現在非常に危機的な状況にある表現の自由に関する都条例の改正案、それが出てきた経緯と現在の状況についてのまとめが語られていて、問題点が非常に分かりやすくなっています。
そもそも改正を進めたい人たちの主の目的はいったい本当に実在児童を守ることや青少年の健全な成長を守ることにあるのか??・・・これを読むと分かります。
是非多くの方に、あとがきの後のまとめも含めて読んで頂きたい一冊です。
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Comments
こんにちは。
余計なことですが、『ヘルタースケルター』の原作者は岡崎京子さんです。通りすがりにツッコミ失礼しました
Posted by: 波多利郎 | August 08, 2013 01:07 PM
わーごめんなさい、「さくらん」原作と混ぜてしまいました~!有難うございます。
訂正しておきました。
Posted by: haneusagi | August 08, 2013 08:24 PM