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『総特集 坂田靖子 ふしぎの国のマンガ描き』

ともかくさすが!!というべき一冊です。
私のデータベースは実はミスだらけ穴だらけなんですが;;(すみません、すみません)
図書の家さんで 全部の作品を実際に当たり直されています。
それだけでも相当な労力だったのは想像がつくと思います。なんせ作品数が600ですよ!!

カラーがいっぱいで嬉しい一冊というだけでなく、凄いとこが多すぎます。
まず坂田先生のロングインタビューが凄い。
萩尾先生との対談もびっちり入っててこれも両方のファンにとって感涙ものでした。大泉サロンのことが改めて語られて、ちょうど竹宮先生の本も話題ですし、改めて24年組とそのポスト24年組が話題になり、作品が復刻されたり、再度出版されたりする流れになっていけばいいなあと切に願います。

萩尾先生の応援のために坂田さん達もたくさん手紙を書き続けたというのは萩尾先生が何度か語っておられたので知ってました。その手紙が残っていれば是非見せて頂きたいものだと長年思っていましたので、今回写真(原画展では現物も展示されてたようですが)で拝めてこれも長年の夢が果たせた感じです。
肉筆ラヴリの話も 青焼きコピー誌の前身は肉筆回覧誌だったのはそれまでの坂田先生の話の中で出てましたので存在は知ってました。残ってるとしたら坂田先生の手元ではないかとずっと思ってたので、それも今回現物が出てきてこの本に写真が記載されて素晴らしいと思いました。

そしてインタビューにしても対談にしても必要な情報が補足で図版入りで入ってるところがさすがの図書の家さんのクォリティの高いところです。これまでの河出書房新社の萩尾望都特集本でも三原順特集本でもすっごく行き届いていたんですが、今回もまさに痒いところに手が届く情報補足っぷりです。
この一冊は漫画家40年を迎えられた坂田先生にとっても本当に素晴らしい一冊だと思います。
貴重な時間と労力を割かれた皆様に一ファンとして感謝したいと思います。

あ、データの方もリストを元に訂正しなくちゃなんですがおいおいやっていきます。何か私のデータとの食い違いがあれば本のリストの方が正しいということです。
今回療養中に時間があったのに、老眼がかなり進んでいて&再び腱鞘炎の気配があって;作業がままならない今日この頃なのです;;なんか殆ど体力と気力との兼ね合いだなあという感じです。
幸い、図書の家さんのサイトの方に今回のリストはUPされるそうなので、そういう点では安心です。

WEBのリストサイトというのはこんな風にヘボいながらも続けることにまず一番の意味があるのではなかろうかと私自身は思っているので、生温かい目で見守って頂ければ幸いです。
もろもろの行き届かなさについては自分の怠け具合とスキルの低さを皆様にお詫びするばかりです。

原画展に足を運べなかったのは残念ではあったのですが、原画展で販売されたグッズは通販も開始されるそうなのでその情報を待っています。絵のセレクトとか素晴らしいグッズなので、欲しいものがいっぱいですv
通販についての情報は4月1日に挙がる予定と河出書房新社の編集さんがツイッターで書かれていたので欲しい方は下記サイトをチェックしてください。
http://www.span-art.co.jp/exhibition/201603sakatayasuko.html

なんとなく京都でまたやってくれないかなーと期待してます。金沢でもいいんだけどなあw
旅行兼ねて行ければ楽しいぞv と思いつつ。

ともかくも、この一冊は坂田ファンには必見、坂田ファンならずとも、コミックファンの方には新たに坂田靖子というベテラン漫画家の魅力を知って頂くにも素晴らしいガイドブックと言えましょう~。

『総特集 坂田靖子 ふしぎの国のマンガ描き』


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「アイアン・グランマ」

「アイアン・グランマ」
去年の1月~2月の放送でBSプレミアムドラマ、大竹しのぶと室井滋のダブル主演でした。

若い頃、特殊捜査官として家族にも正体を知られないまま陰で働いてきた伝説の二人組、コードネーム・ソルト&シュガーの大竹と室井は既に60歳を過ぎてそれぞれその仕事からは遠ざかり、それなりに普通のおばあちゃんとしての生活を送っていた。
が、私立小学校の理事長になっていた大竹と、偶然にも大竹の私立小にいじめを受けた孫を転校させた保護者として説明会に参加した室井は久々の再会を果たす。
二人きりになると毒舌を吐きあう二人。テンポのいいやりとりは漫才のようである。

去年放映時に半分くらいは見て残りの放映は録画したままなかなか見ないでいたのだが、なんせ自宅療養中、文字を読むには目も弱っていてなかなかに気力が湧かず、録画した映画やドラマをひたすら消化するのがちょうどいい日々だったのである。やっぱり面白かった~~。
放映が始まった時も、なんちうドラマをやってるんだ、NHK侮りがたし!!と思ったのだったが。
実年齢ももう60近いお2人なのだが、特殊捜査官というだけになんとアクションだらけなのである。

2人が再び特殊捜査官の仕事に戻るきっかけは、室井の孫であった。
いじめを受けて引っ越しと転校をした孫は隣家の少女と仲良くなり学校に行けるようになる。が、長年の経験から停まった車の音に不審を抱き動きを探った室井は主人が職務上知り得た国家の機密情報を外国の組織に売ろうとしてることを掴む。
隣家に何かあったらせっかく仲良くなった孫の気持ちも台無しになると考えた室井と、いじめ対策強化で行政から支援金を受けそれで私腹を肥やそうと考えていた大竹にとっても学校で何かあったら支援が無くなると考え2人の利害が一致し、隣家の主人の機密情報漏えいを阻止する仕事から再びタッグを組んで現役に戻ったのであった。

孫が可愛い普通のおばあちゃんの面と、切れ切れの格闘技で任務をこなす捜査官の面を使い分ける室井ももちろん良いが、欲深く経営者であるダメ男・羽場裕一と付き合い尻に敷き、ドSな危ないHをしたりする大竹がともかく全般に上手い。押しも押されぬ大女優で演技派の大竹ともなると、ホントにどんな役もこなしちゃうんだなあ~、と感心するばかりである。アクションシーン大変だったんじゃないのかなとは思うのだけど、切れも良い。
この2人がアクションやったら面白いんじゃね?と抜擢する方も凄いし、脚本もよく出来ていて全編退屈するところなく非常に面白かった。

それにしてもここんとこ続けて消化していた邦画でも続けざまに柄本明が出ていたのだが、このドラマにも出ていたんだった;どこまで使われているのだ柄本。
しかも、息子ら2人とも活躍してるし、息子の嫁もこないだ最優秀主演女優賞を受賞してたし、なんか凄い一家である・・。

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咳喘息には漢方

ずっと長いこと、咳に悩まされていました。
昔から風邪を引くとひどい咳になりがちで発熱とかはあまりない代わりにいつまでも咳が長引く。
ここ数年もいったん風邪を引くといつまでも咳がひどく、寝ていても明け方出始めたり、ほんとうにしんどかった。
だいぶ前に内科で「それは咳喘息というやつだね、吸引治療とかあるよ」と診断されたので、呼吸器科に行ってステロイド剤の吸引治療を受けたこともありました。
が、その時はいったん治ったような感じだったのだけど、結局また同じような感じに。
喘息とは違って呼吸困難まではいかないのだけど、ともかくいったん出始めると喘息のように止まらなくなるし、咳止めは効かない。
なるべく風邪を引かないように心掛けるのだけど、季節の変わり目は引きやすい。
なので、演奏会の時も咳との戦いが多かったのでした。のど飴はともかく常備。マスクも常備。

これはもう持病の一つだなと諦めていたんですが、たまたま義母が休日に怪我をして市内の休日医を探して連れて行った内科の先生がかなり良い印象だったので、風邪を引いた時にそこにかかってみた。
この先生の何がいいかと言うと、変に薬を出したがらないところでした。
前に咳喘息と言ってくれた内科は、風邪一つでもやたらめったら薬を出す。それですっかり嫌になってしまった。通勤路にあって便利だし、最初は親切ないい先生と思ってたのだけどそこまで薬漬けにするのはどうなんだ??というのが正直な感想でした。
私は高脂血症・高血圧でもあるので、これについても薬を出したがってどうしようもなかった。
なのですっかり足が遠のいていたのだけど、じゃあどこにかかるというのがなくて困っていたところ、この先生なら?と思って行ってみたんでした。
そしたら、私の話をふんふん、と聞いてた先生、漢方を処方してくれた。
「食べる時に飲みにくいような感じがある、喉が狭いような」という言葉がきっかけだった模様。
半夏厚朴湯という漢方薬です。
これについてネットで調べると神経を鎮める作用があるとあります。
では咳喘息というのは気のせいなのか?気持ちの病なのか?という疑問が湧きますが、明け方に咳が出始めるとかは副交感神経から交感神経に切り替わる時などという話もあるので、単に気持ちの問題だったらプレッシャーがかかった時などだけだろうけども、そういうことではないのだなあ。
処方してくれた先生の話によると、喉の神経、何か異物感を感じた時に出そうとする神経が他人より過敏なのだ、という話だった。
エアコンの風が当たったり、気温が急に下がったりした時なども出始めたりしてたので、異物感というのが実際に異物がなくてもそういうので過敏な神経に触った時に出るのだとすれば、その神経を鎮める作用がある漢方薬ということなのだろう。
さらに先生の話では、こういう方は逆に年取った時に肺結核とかにはなりにくいんですよ、ということだった。
過敏な人がいれば鈍感な人もいるということで、過敏だから悪いことばかりということでもないようです。

漢方薬は朝夕にお湯に溶かして飲むだけで、副作用もほとんどなく、ほかの薬とぶつかることもあまりないようで、咳を止めるのに即効性はないですが、飲み始めたらだんだんと咳が止まり始め、喘息的に続くことも少なくなったのでした。

今回子宮筋腫で開腹手術をしたのだけど、前のように咳が続いていたらどんなに痛かったかと思うと、この漢方薬を処方してもらっておいて本当に助かりました。多少は出ましたが、だいぶ出なくなっていたし、自宅療養中もだいぶ治まってて有難い限り。

各種痛み止めには喘息を誘発する副作用があるみたいで、頸椎症の時もお医者さんが痛み止めを処方する際にそういうことをおっしゃったので、痛み止め飲んでも咳出たら痛いばっかりなので出して貰わなかったし、湿布薬でも多少の誘発があるとかで、本当に不便と思いました。
今回の手術後もさすがに最初に処方された5回分は飲みましたが、その後はもう痛み止めは貰わないでおきました。
腰痛があった時も湿布薬を貼りまくってたんですが、上記の内科に行った際に、バイオリンを弾くのだけど若干腱鞘炎みたいな痛みがあるので、咳喘息の為の漢方薬のついでに湿布薬も頂けないか?と相談したら、この先生が、「湿布というのは治療をするわけではない、痛み止めは貼りすぎると胃潰瘍を起こしたりいいことは一つもないんですよ」と飄々とお話になるので目ウロコでした。
なんとなく湿布というのも治療をしてくれるもんだと思って貼っていたのが、単に痛くて動けないから緊急処置的に使うだけのもので貼りすぎてもいいこと一つもない。
痛いというのは身体が治すために感じるもので、痛いときは休むことが大事なんですよ~、だから薬を貼って無理して動くのではなく、必要な痛みを堪えながら休むようにする、その方が自分の身体の力で治るには大事。そういう話をされたので、ああそうだったんだーと本当に目からウロコ状態。それ以来湿布をむやみに貼るのは止めています。
湿布も温めるだけとか冷やすだけならいいんですけど、今は薬剤が入ってるから、皮膚のどこに貼っても血液の中に入るから飲み薬と同じで胃に副作用を起こすんで、くれぐれも湿布の貼りすぎには注意ということです。痛いところの根本を治してくれるわけでもない湿布薬で胃を悪くしたら元も子もないですね。
神経の痛みを和らげるのだったら、薬を貼るよりは温めるだけの方がいい、なども言われました。血流を良くして治す。打ち身などは一時は冷やす。状態によってはあっためることで逆に痛む場合もあったりするけどねーとも言われて、最近は腰痛のためにはホッカイロを貼るだけにしたりして。

そんなこんなで、今度は入院中にさかんに言われた高血圧治療もここの内科に相談に行こうと思ってる次第です。やみくもに薬を出さない先生だという信頼があるので、その上で必要なものだけを出すかもしくは何かアドバイスなどをしてくださりそう。自分と相性のいいかかりつけ医を見つけるのはなかなか難しいですが、私はお医者さんも大事なのはコミュニケーション能力だと思ってるので、ここの先生はちょっと話が長いのが難点ではあるけども、こちらの話をよく聞いて何かピンとくると必要なアドバイスを言ってくれるという得難いお医者んさんです。
前に、義母が口腔ガンを疑われた時のG大医学部の医者は、経過とか今後の方針とかの説明も本当に下手で、こんな説明の下手な勘の悪そうな医者は信頼できない!と直観して、それで転院したのでしたが、それは正解だったと今も思っています。
コミュニケーション能力はすべての仕事の基本なので、相手の言うことを汲み切れないような医者が的確な治療を出来るとも思えないですからね;ただ一方的に話すだけの医者もダメだけど、よく話を聞き、的確に分かりやすく説明が出来るお医者さんなら信頼していいと思いますね~。あと、薬ばっかり出したがらないことw
日本の医者は薬を出しすぎだと思います。

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子宮筋腫の話

子宮筋腫は女性にはポピュラーな病気で、出来たからと言ってすぐ手術するものでもないです。
昔からポリープが出来やすく、経管ポリープなどは2、3年に一度くらい切ってきました。しょっちゅう出来る。
筋腫持ちになってからもあまり痛みはなかったし、勧めに従って投薬治療開始しました。
10年以上はもう付き合ってきたように思います。

今回全摘を選ぶまでどうしたもんか悩んだし、ネットでもケースを検索したりしたので参考例として自分の経過も書いてみようかと思います。
合わせて下記もお読みください。
http://haneusagi.cocolog-nifty.com/simauma/2016/03/post-8d91-1.html

痛みもほとんどないので投薬をしながら月に一回経過観察で診察を受けるのを続けて劇的に小さくなることはなかったですが、問題なく過ごしておりました。
強いていえば、女性ホルモンを抑える薬なので更年期障害に近い症状として私は抜け毛が多くなってそれが気になりました。とりあえず分け目を美容室で変えて貰って薄くなったのが分からないようにしてもらってたのでそのことを他人に言われたことはないです。
そんなこんなで付き合って50歳になった年に、調子も悪くないし大きさも安定してきてるから投薬を止めてみますかと言うことになり、1年止めました。念のため一年後くらいにまた経過観察で来てねと言われていて行ってみると、また大きくなってるというのでした。そろそろ閉経の年齢というので止めたのに全然止まる気配もなかったので、こういうのはやはり個人差が大きいということなのでしょう。

で、結果的には52を前にして全摘することになったのでした。
通っていたのは婦人科クリニックだったので病気の人しか来ませんが、手術入院したのは産婦人科でしたので、隣にはおめでたの人が入院して産んでおめでたいムードのまま退院していったりしました。
私はいい年だから全摘にもそんなにショックはないし(痛いのが辛いだけで)いいですけど、これが30代くらいでまだお子さんが欲しい気持ちがあったらショックかもしれませんね。
でもその場合は卵巣は残す方向を選んでくれると思います。私は合わせて取りましたが。

私の友人でも何人か筋腫の経験や全摘の人がいます。
もう10年以上前に一度筋腫だけ切除した後に二年くらい後に再発して結局全摘になった方とかもいます。
私も自分がポリープが繰り返し出来る質なので、筋腫だけ取ってもまた出来るだろうなと思っていたのでずっと投薬で様子見ていたというのはあります。
一方で出血とかひどくても閉経の年齢まで逃げ切って逃げ切った後は縮小していって大丈夫だったという人もたくさんいるようです。
個人差がとても大きいというのが個々人で悩ましいことと思います。
一番まずいのはやっぱりストレスなんだろうと思います。
ともかく出来たら経過観察は怠らないこと。一カ月に一度はかかりつけ医に行きましょう。
今回私はかかりつけ医を疑うわけではないですが、手術を決意して大きい病院に行ってそれで手術となりましたが、詳細の検査はやはり大きい総合病院でないと出来ないので、症状によってはセカンドオピニオンで紹介状書いてもらって大きな病院に行くのも大事かもしれません、その辺は自分の身体のことなので自分で判断するしか結局はないように思います。
私の友人の中には忙しさのあまり内膜症になり、さらに状態を悪化させて緊急入院手術となった方もいるので、忙しいからなかなか病院に行けないというのはあると思うのですが、自分の身体のことですのでそこは周囲に理解してもらって定期的に行くようにした方がいいと思います。

逃げ切りたかったな~~、とはしみじみ思いますが、まあしょうがないなと。
今はどうにか段取りしてもらった療養のための1カ月休みをどうにか有意義に過ごしたいと思っております。

結局個人差があるよ、という話なので、あんまり参考にはならないかと思いますが、みんな悩むんだなあ~ということで。
ちなみに病院は完全看護なので入院生活は快適でした。患者用のコインランドリーがあり洗濯も出来るので、夫にわざわざ寄ってもらわなくても1週間平気でした。入院日と手術日は付き合って貰って、手術翌日は夕方寄って貰いましたが、うまくすると10日で退院できそうとなった時に、もう来なくていいよーとw
血液のついた着替えは感染症の見地からランドリーでは洗えないのですが、そういうものでも見舞いに来てもらえる状況にご家族がない場合は看護士さんに言えば専門のクリーニング業者に出してもくれるとありました。
病院の制度ってほんとにちゃんとしてますね。

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療養生活

長年患っていた子宮筋腫でしたが、昨年とうとう手術を決意し現在療養中です。会社は一ヶ月お休みします。去年から上司と本社に相談して段取りつけてなので、今は療養に専念というところ。

ずっと投薬を続けていた間調子は良かったしこのまま逃げ切れるかとも思ってました。年齢が半世紀の大台に乗った際、まあもう投薬も良いでしょうとなり一年止めました。1年後くらいにまた検査には来てね〜と言われて久々にかかりつけi医に診察に行ったのが昨年春。
結果から言うとこの止めた一年がまずかったらしい。

とはいえお医者さんには非はなく、私の個人的な状況、主に義母の皮膚科騒動や口腔ガン騒動などのストレスが大きかったのではないかと思います。普通なら徐々に縮小して良い年齢だから。
あと位置が悪くなかったがために痛みがあまりなかったんでした。
人間痛くないとやっぱりね〜。何が災いするか分かりません。
かなり大きくなってるよと言われ、再び投薬を再開するも効果があまり見られず、その為と思われる腰痛が出てきました。
ただやはり年齢が年齢だし、一ヶ月も休めないし、どうにか切らずに済めばという私の当初の願いもあったので、かかりつけ医は無理には手術を勧めてきませんでした。
が、やっぱり一度大きい病院で診てもらおうと自分で決意(行ったらすぐ手術と言われると思ってたので実質手術を決意)し、総合病院に紹介状を書いてもらって一回目の検査に行ったのが去年12月のこと。
去年9月に実家に帰省した時も腰痛対策しながらでした。
去年はともかく一度帰っておかないとまずいというのがあったので、これはまあ帰っておいてほんと良かったです。

大きい病院に行ったらすぐ手術を勧められるかと思っていたんですが、12月の診察と検査ではそこでもまだ「年齢が年齢だから切らないで投薬という方向もまだありますよ」と言われたんでした。
なのでやはり、私がずっとかかっていたお医者さんが間違っていたわけではないです。
が、筋腫自体がガン化してないかの検査をしましょうということで明けて1月初めにMRI検査を受けたところ、大きくなってるのが中が壊死してるみたいだし、新たに複数出来てて若干ガン化の恐れ(これはしかし可能性は低いけどねとその時も言われましたが)もあるとなれば、これはもう取っちゃった方がいいねえと言われることになりました。
実は内心では、まだ投薬で行けるよと言われたら自分はどうするかとすごく悩んでいたんでした。
腰痛がきついし出血も多いしこの先どこまでそれが続くかまたは悪化しないとも限らないのにどこまで付き合えばいいのか、個人差が大きいことでお医者さんもそれは分からない。
かかりつけ医の先生も、紹介状を書きながらも、「結局切るの止めたってこともあるからその時はまた来て」と言ってくれてた。12月の検査ではそういう可能性も残っていたので、1月の検査でそう言われたらどうしようか、と。
が、MRI検査の結果を受けてもう切りましょうとなったので(しかも待たされたとはいえ今はその日のうちに検査結果が出る、すごいことだよねえ)、かねてより会社には相談してあって、上司が逆に心配して休まれるのは大変だけど手術した方がいいんじゃないの、と言って下さっていたので、そうとなれば出直すだけ大変だしまた待たされるだけなので、その場で手術の予定を決め、その手術準備の検査予定をさくさくと入れて貰ったのでした。紹介して貰った病院は私の方の予定も極力聞いてくれてそれに合わせた予定に組んでくれたのが本当に有難かったです。
義母の口腔ガンの疑い騒動の時はG大医学部付属病院などは検査するならここの日しかないからここに連れて来い、くらいの調子でした。平日休んで連れて行くのがいかに大変か。
しかも90近い年寄りにガンの疑いがあったとして身体に負担が出る検査自体をそんなに無理に受ける必要があるのか、というところをなんだか受けるのが当たり前くらいの調子でぐいぐい来ました。
(まあその時のことはもう別のとこで書いたからいいんだけど;超不信感でいっぱいでしたねー。義母の方は結果的に別の病院で検査しまくっても何も悪いとこがなかったんですけどね;)

手術日を検査受けてから翌月にしたので、1カ月ちょっとの間に本社と上長と私の仕事をどう分担するか細かく決めてデータを引き継いでもらって、私も先に出来ることはどんどんやっておいたのでした。
お蔭で今、ゆっくり療養出来るんで周囲には本当に感謝です。
手術日にはいつもお世話になっている部長からお見舞いのお花が届いて励まされました。感謝感謝!!

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